第一章 金の需要と供給

どこで取られて誰が使うのか?

 この章では需要と供給、いわゆるファンダメンタルズというものを見ていきたいと思います。

 まずはそれに使う資料ですが、GOLDに関する限り現在もっとも信頼のおけるものが、Gold Fields Mineral Services (GFMS)社の「Gold Survey」と呼ばれるものです。これは毎年刊行され、2007年9月現在もっとも新しいものは「Gold Survey2007」です。これはその前身も含めると1967年から始まり、2007年には40周年を迎えています。

 彼らは草の根アプローチ(Grass Root Approach )と自ら呼ぶ、まさに金を掘る、そして使う末端まで直接会いに行き、数字を積み上げていくやり方でこの統計を作っています。当然の事ながら毎年日本にもその草の根アプローチはおよんでいます。その不断なる連続性もあいまってまさに頭が下がる思いです。彼らの数字がなければGOLDの統計の話はできないと言ってもも過言ではありません。

 この章の数字は基本的に「Gold Survey 2007」のものを使ってお話したいと思います。(当然のことながらこの数字を使うにあたって直接彼らからの許諾を受けています。)

 余談ですが、今年2007年も10月24日にGFMSのPaul Walker氏とPeter Ryan氏が来日し、World Gold Councilと田中貴金属鉱業株式会社の主催で「GFMS セミナー」がありました。PaulとPeterそしてWorld Gold Council の豊島逸夫氏と豪華な顔ぶれのセミナーでしたが、残念ながら私は都合がつかず、PaulとPeterとは別途その前日居酒屋に行きました。Paul Walkerは相変わらずちょい悪おやじを地で行くちょーかっちょいいやつです。(笑)

 閑話休題。細部に入る前にまずは、全体を眺めて見ましょう。全部でだいたい4000トン前後の金が年間供給され、需要されています。

 まずは供給サイド。鉱山生産はその名のとおり鉱山から取れる新産金です。これは過去10年間2500トンから2600トンの間でここ数年間はじょじょに減少傾向です。

 公的機関、つまり中央銀行からの売却は年によってまちまち、300トンから600トンのふれがあります。ここ近年の相場の上昇に従って増えているのがスクラップの回収。大部分は古い宝飾品です。相場が上がると売りとしてマーケットに出てきます。それが昨年は1000トンを越えました。

 需要サイドの最大は宝飾品。しかしながらこれはスクラップとは逆に相場の上昇に従って減少傾向にあります。ここ数年で注目されるのがヘッジの買戻しです。本来、鉱山会社のヘッジ売りは供給にあたりますが、その先物での売りを買い戻すことは逆に需要と捕らえています。

 あと説明が必要だと思えるのは、供給サイドの「投資からの売り戻し」および需要サイドの「投資」という項目です。この二つは、ほかの項目に入らず、数字がバランスしない分を「implied net disinvestment」(暗示された投資分野からの売り)および「implied net investment」(暗示された投資)として、これらに分類しているということです。



金はどこで取れるのか?

1 供給

(1) 鉱山生産

「国別生産量」

 現在年間200トン以上の金を生産しているのが、南ア、米国、中国、オーストラリア、ペルーの五カ国。100トン以上の生産量の国はロシア、インドネシア、カナダ。これら八カ国で1630トンと世界で生産される新産金の65%を占めます。

 GOLDの生産国といえば圧倒的に南アフリカ共和国というイメージが強いと思いますが、近年その生産量は減少の一途を辿っています。1960年代から70年代にかけて、南アの生産は年間1000トンを上回り、世界の金生産におけるそのシェアも6割から8割に届くような圧倒的な生産量を誇っていました。

 ところがそれをピークにその生産量は徐々に減少をはじめ、1990年当初には600トンまで落ち込み、その後もその減少傾向は続き、2006年にはとうとう300トンを割り込むところまで来ました。過去12年でほぼ半減したことになります。市場では数年のうちに世界一の金生産国の座を中国かオーストラリアに明け渡すのではないかという見方をされています。

 表を見ればほとんどの国が2005年から2006年に生産量を減少させているのがわかります。100トン以上の生産国でその生産量が増えているのは中国だけです。2006年から2010年の五ヵ年計画では中国政府は1300トンの金生産を上げています。一年平均すると260トンとなり、このまま南アの減少傾向が続くとすれば、まさに数年でその順位は入れ替わるものと思われます。

 ちなみに我が国日本の年間新産金は8.9トンのことです。毎年8トン台が続いており、そのほとんどが、住友金属鉱山が鹿児島県に所有する「菱刈鉱山」で生産されています。この菱刈鉱山は世界有数の高品位(1トン当たり50グラムもの金を含む。普通は数グラム程度であり、優に十倍の品位があります。)と日本国内史上最大の産金量、埋蔵量を誇る鉱山です。

 1985年の生産開始以来、2006年7月末現在で153トンもの金を掘り出しています。埋蔵量は300トン前後ということなので、まだ半分しか掘っておらず、同じペースでいくとあと20年は鉱山寿命があるということになります。

「世界の鉱山会社」

 さて今度は国ではなく、会社別の金の生産量を見て見ましょう。2005年まで四年間世界一の座を保ってきたNewmont社が、昨年2006年にBarrick社にその地位を譲りました。これは2005年は3位であったBarrick社が、同5位のPlacer Dome社を2006年3月に買収した結果です。これによりBarrick社の生産量は269トンとなり、二位のNewmont社を80トン以上リードする圧倒的な世界1位の金生産会社となりました。

 この業界では規模による資金効率がものをいうだけに、近年は鉱山会社間の合従連携、提携、買収、が激しく行われています。今後も規模の追求はすすみ、世界の鉱山会社の集中化がすすんで行くものと思われます。



「Goldcorp社のユニークな取り組み(前編)」

 さて、少し話しがそれますが、The Wolrd is Flat/Thomas Friedmanという本に興味深い話がありました。金鉱山会社に関する話です。おもしろかったのでここで少し紹介します。ちなみにこの本、まさにeye opnerと呼べる本です。一読の価値ありです。おすすめします。

 2006年世界第8位の金生産会社カナダのGoldcorp社が、2000年に非常におもしろい試みをしました。「ザ・ゴールドコープ・チャレンジ」と呼ばれるこの試みは、それまでの鉱山業界の常識を180度覆すものでした。

 当時のGoldcorp社の会長兼CEOのRob McEwen氏は、「我々が持っているRed Lake鉱山のデータをインターネット経由ですべてお見せしよう。このデータをもとに今後生産できる600万トロイオンスの金がどこに埋蔵されているのか探してください。」と、世界中の地質学者たちに対して呼びかけました。賞金総額は57万5000ドル(115円換算で約6600万円)、一位賞金は10万5000ドル(約1200万円)。

 そもそも自社の鉱山の情報を微細にわたり公表するというのはまずあり得ないことであり、鉱山業界はまさに唖然としました。McEwen氏はこのコンテストは大きなリスクを伴うことは十分に承知していました。会社の価値が透明になり敵対的買収の材料を提供しているようなものです。

 しかしながら、彼の考えによると、このまま古いやり方で会社を経営していくのはもっとリスクが大きいと思ったのでした。彼は次のように述べています。「鉱業は人類のもっとも古い産業の一つであり、「古い経済」の代表のようなもの。しかし資源の発見は、テクノロジーの開発のようなものであり、新たなテクノロジーにより効率性が上がるとその分新たな富が急速に作り出されることになる。金鉱脈を早く見つけることができればその分、会社の価値も早く上がることになる。」

 McEwen氏はそもそもは鉱山会社の人間ではなく、その思考は普通の鉱山会社の人のものとは全く違うものでした。

  「ザ・ゴールドコープ・チャレンジ」を思いつくヒントになったものは?
  そして、そのチャレンジの結果は?
  次回の後編へと続く。



「Goldcorp社のユニークな取り組み 後編」

 敵対的買収の材料を提供するかのように、極秘事項である鉱山データをインターネットで全世界に公開。まさに、これまでの鉱山業界の常識を180度覆す「ザ・ゴールドコープ・チャレンジ」。いよいよ、驚きの後編に。

 McEwen氏はそもそもは鉱山会社の人間ではなく、その思考は普通の鉱山会社の人のものとは全く違うものでした。彼のこの革命的なアイデアが浮かんできたのは1999年、MIT(マサチューセッツ工科大学)で、世界中の企業の社長が集まり、IT(インフォメーション・テクノロジー、情報技術)の発展に関する研修を受けたときでした。この研修で注目されたのが、「リナックス(Linux operating system)」とその「オープン・ソース革命」。「オープン・ソース・コード!これだ!」と彼は思いました。

 リナックスとはマイクロソフト社のウインドウズに対抗するオペレーティングシステムです。ウィンドウズがマイクロソフト社によって開発、販売、管理されているのに対して、リナックスは、いわゆるPDS(Public Domain Software)として、誰でも基本的に無料で使えるように公開されているソフトです。

 リナックスがよりよいソフトになるために、そのソース・コードを公開し、世界のトップクラスのプログラマーたちの関心を呼び、彼らに自由にそのコードを書き換えてもらったのと同様に、Red Lake鉱山でもっと金を発見するために、普通なら不可能な世界のトップクラスの才能を集めることができれば、金探索のスピードを大幅に上げ、その発見の確率も改善することができるはず、と彼は考えました。

 当時のGoldcorp社の地質学者たちは、彼らの「極秘データ」を世界にむかって公開するというこの考えに驚愕しました。埋蔵量とその探索事業の機密保持は彼らの仕事のもっとも大事な原則であったのです。McEwen氏の考えはその原則を根底から崩してしまうものだったのです。

 2000年3月。この「ザ・ゴールドコープ・チャレンジ」が業界の会議で発表されると、すぐさま大きな反響がありました。50カ国以上の国々から1400人以上もの科学者、エンジニア、そして地質学者が、データをダウンロードし、ヴァーチャルな探査事業を始めたのでした。参加応募がぞくぞくと入って来始めたとき、五人の審査員は、それらの独創的なアイデアに驚きました。一位を取ったのはオーストラリアの二つのグループ共同で行われた強力な3Dの鉱山描写でした。

 McEwen氏にとってはこのコンテスト自体が金鉱山でした。「我々は一位のグループのトップ5の提案のサイトのうち4つを掘削し、4つすべての場所で金鉱脈が発見された。しかしもっとも重要なことは、遠く離れた場所から、一度も実際のサイトを訪問することなく、データベースを分析することによって目標を設定できたということである。これこそ未来である。」

 この新しい質の高い鉱脈の発見と新しい掘削技術のおかげで、McEwenの夢見た通りの結果を出すことになりました。1996年は5万3000オンスを1オンス360ドルのコストで生産していたのに対して、2001年には50万4000オンスを59ドルのコストで掘っています。

 この試みは鉱山業界に新しい未来をもたらしたといってよいでしょう。



「鉱山会社のヘッジ売り 前編」

 鉱山会社はその鉱山生産のコストを確定するために先物のヘッジを行ってきました。「ヘッジ」とは、日本語では「保険つなぎ」「掛けつなぎ」なる言葉がその訳として存在しているようですが、実際のビジネスの世界では「保険つなぎ」や「掛けつなぎ」なんて聞いたことがありません。「ヘッジ」は「ヘッジ」です。リスクヘッジという言葉がずいぶん巷でも聞かれるようになりました。私がこの業界に入った頃はまだ業界用語の趣が強く、ヘッジって何?と思ったものです。

 広辞苑を調べてみると「相場の変動に伴う損失を先物取引で保険すること。」と出ており、研究社英和中辞典では「つなぎ売買。(株式などの値下がりによる損失を防止するため、カラ売買をしておくこと)」と出ています。またLBMA(ロンドン・ブリオン・マーケット・アソシエーション)のglossaryには以下のように出ています。

HEDGE A transaction entered into in order to offset the impact of adverse price movements of an asset. (ヘッジとは資産の価格の好まざる動きの影響を相殺するためにする取引。)

 金鉱山会社の収益は、簡単にいうと、金の価格とその金を掘り出して売れる状態にするためのコストにかかっていると言うことができます。つまり今、金を掘り出すためのコストの総計がオンスあたり400ドルとしたら、金価格が少なくとも400ドル以上でなければ金を生産する意味はないということになります。

 現在でこそ金価格は急騰し、800ドルという史上最高値圏にありますが、80年代から2000年までの20年間、金価格は停滞し、ずっと弱含みの展開でした。そのような市場環境において、鉱山会社としては、なんとか利益を確保し、たえず金の値下がりのリスクを回避する必要がありました。

 そのために彼らは、その相場水準が彼らのコストをカバーし、利益を確定できるものであるうちに、先物(この場合は狭義の先物futuresのみならずOTCのforward取引も含めた広義での先決済での取引)を売ることによって、将来あり得る相場下落のリスクをヘッジしたのでした。これが「鉱山会社のヘッジ売り」と呼ばれるもので、彼らは単純なフォワードの売りや、Call Optionの売り、Put Optionの買いなどから、もっと複雑なまさにデリバティブと呼ばれる取引まで、様々な方法で生産される金の価格のヘッジを行ったのです。特にこの分野で進んでいたのはオーストラリアの鉱山会社で、80年代から90年代にかけて、欧米の金を扱う金融機関のアジアの拠点はオーストラリアがメインでした。

 相場が低迷していたために鉱山会社のヘッジ売りが活発になり、その売りによって相場の頭が押さえられ、さらに下がるという悪循環が続いたのがこの時代でした。この時代の相場で育った小生などは未だに金が800ドルを超えるなんて信じられない思いです。あの頃は金が400ドルを超えるなんて金輪際あり得ないと思ってましたから。(笑)



「鉱山会社のヘッジ売り 後編」

 鉱山会社のヘッジ売りは、基本的にそのデリバリー日が来ると掘られた金をして、ヘッジポジションは買い戻しても、現物的には実際にデリバリーされます。ですからこれも重要な供給の一項目になっているのです。

 ところが時代は変わり、鉱山会社のヘッジ売りが陰を潜め、2000年を境に逆に鉱山会社がこれまで先売りしてきたヘッジのポジションを買い戻し始めました。(下記グラフ。ヘッジ売りのマイナスは、買い戻しをしているという意味です。)


 ここが明らかな相場の転換点でした。それまで圧倒的な売り手として存在していた鉱山会社が逆に買い手となったのです。相場に与えるインパクトは二倍のものがあることは容易に想像できるでしょう。その後のほぼ一環した超強気相場はここから始まった鉱山会社のヘッジの買い戻しがその大きな要因になっていることは確かです。2000年から2007年現在に至るまで、鉱山会社のヘッジ売りは供給サイドではなく、その買い戻しが需要として考えられます。


 ヘッジしたポジションを解消して買い戻すということはヘッジを解消しているということです。これは逆に将来の売りの約束をコストをかけて買い戻し、もう一度価格のリスクを負うということを意味します。そして鉱山会社の場合それは、価格をロングするということです。もし昔ヘッジ売りを400ドルのとき行って、650ドルの時に買い戻したとすればこの時点で250ドルの損が確定します。それでも価格上昇の恩恵が受けることができるようになり、また価格下落のリスクを再び負うことになります。

 そもそも鉱山会社の売りヘッジとは収益を確定し、価格下落のリスクをなくす代わりに、価格上昇のメリットを放棄するということです。それを価格が上がってきたからと言って買い戻すというのなら、はじめからヘッジなどしなければよいのではないか、と思う人も多いと思います。私もそう思います。

 しかしながら近年の株主中心の経営という流れを考えると、利益増大の可能性を放棄してしまうことは許されないという事情があるのかもしれません。2000年から2006年までの間に1700トン以上もの売りヘッジのポジションが買い戻されています。それから500ドル近く相場が上昇しています。早くに買い戻した会社は正解だったのでしょう。しかし一度相場の流れが変わり、下落トレンドになったときは同じマグニチュードで今度は再びヘッジ売りが加速する可能性があることを我々は頭に入れておくべきでしょう。



生産コスト

 さて今回は生産コストの話です。

 2007年11月にとうとうGOLDは800ドルを超えました。これは1980年1月以来、27年ぶりの高値です。当然鉱山会社の収益は大きく増えているはずです。GFMSによると2006年の世界の金生産の平均コストはキャッシュコストで317ドル、トータルコストで401ドルになっています。


 ということは単純に考えると1オンスにつき現在は400ドルの利益があることになります。ちなみにキャッシュコストとは直接的な掘削費用、精錬費用、鉱山の権利金そして生産にかかる税金の総和、トータルコストはキャッシュコストに減価償却の費用を足したものと定義されています。

 この生産コストもこのところ年々上がっています。その原因として鉱山掘削作業に必要不可欠なものを調達する費用が上がっていることがまず第一にあげられます。軽油、タイヤ、そして石灰やシアン化ナトリウムのような採掘用の薬品などの値段が大きく上がっていること。

 また近年の資源ブームにより、熟練工を確保するコストも年々上がっており、金価格の上昇により、鉱山の権利金、そして生産にかかわる税金も上がっています。

 とはいえ、800ドルのマーケットにコストが400ドル。鉱山会社にとっては非常にうまみのある相場であることは確かです。



(2) 公的機関の売却 前編

 今回は公的機関、つまり世界各国の中央銀行の金保有とその売却に関して、です。公的機関の金保有は、現在地上に存在する金の約18%を公的機関が保有しています。宝飾分野に次ぐ分野です。現在地上に存在する金の量は15万8000トンと呼ばれており、以前書きましたが、神宮のオリンピックプール三杯分にあたります。


 この公的機関の保有する金から売却される分が供給として計算されます。



 上記の表は現在公表されている世界各国の金保有量と、外貨準備高全体に占める金の割合です。ダントツに多いのがやはり米国。外貨準備における割合も高いのは、他国が米ドルを外貨準備のメインとしているのに対して、米ドルが自国通貨であるという事情がありますが、一国で8000トン以上もの金を保有しているというのはやはり圧倒的ですね。

 それに続くのが、ドイツ、フランス、イタリア、スイスのヨーロッパの国々。ここで注目されるのはスイスの保有量の変化です。1997年の2590トンから10年間に1300トンも売却しています。90年代から2000年代前半にかけて金価格の低迷時には、中央銀行の金に対する考え方も世代が変わってドライになってきたと盛んにいわれました。金はほとんど金利を生まず、運用妙味がないということから、金神話が薄れ売却も盛んに行われました。スイスの動きはその端的なものといえるでしょう。

 しかしながらその流れもここ数年変わってきたようです。その一番の理由はもっとも大きな外貨準備の対象である米ドルの評価の下落。そしてここ数年の金の価値の上昇。金に対する中央銀行の見方は否定的から肯定的なものに変わってきているようです。まだ微量ながら金を買う中央銀行も出てきており、GFMS Gold Survey 2007によれば、2006年には合計で104トンの金が中央銀行により買われたもの見られています。その2,3のケースが二桁で、あとはすべて一桁以下だということです。外貨準備高の多様化のためと、国内の鉱山生産の買い上げで増えているもののようです。

 わが国日本はこれらのヨーロッパの国々についでの金保有国ですが、外貨準備高に占める割合で考えるとわずか1.7%です。上位の国々では40−60%もの割合を占めているのにくらべると、世界第二位の経済大国としては寂しい限りです。



(2) 公的機関の売却 後編


 ヨーロッパの中央銀行によって合意された「金売却枠」です。ECB(European Central Bank)を含む16カ国が参加して、金売却の総枠を年間400トンに絞るというものです。最初から金売却の最大量を明示することによって、市場に無用な混乱を与えないようにするためでしょうか。この合意が成立したのは1999年で、1999年9月27日から2004年9月26日までの5年間総計2000トンに金売却をカバーしました。これがCBGA1と呼ばれています。


 この合意で特に注目されたのは英国の売却方法でした。日時を指定し、定期的に公開入札を行いました。当然のことながら市場はそれを目指した思惑がうずまくことになります。中央銀行の金売却は一般的に信用力の高い銀行に任せたり、ロンドン・フィキシングを使うことが多いと思われますが、このような大規模な公開入札は後にも先にも英国の例が唯一でした。

 当時はその取引の透明性、公正性が評価されていた記憶がありますが、結果的に相場のどん底で売ったことがはっきりしてくると英国国内でも当時の財務省に対する批判が生まれてきました。まさに相場低迷の極での売却であったと今だから言えますが、当時の相場環境においては仕方がなかったと思います。結果的に英国にとっては不幸でありましたが。


 2004年9月27日からの5年間も新たな合意が結ばれ、それがCBGA2で現在も有効です。毎年9月27日から翌年の9月26日まで上限を500トンとして金の売却を行うというものです。

 2005−06年では枠の500トンに対して100トン以上も少ない数字となりました。中央銀行の金に対する評価の変化だと言ってよいでしょう。2006−07年は700ドルへの相場の急騰により期間後半に売却量が急増しました。CBGA2は2009年9月26日まで続きます。毎年どれくらいの金が売却されるのかは、金相場の動向にも大きく影響しています。



(3) スクラップ



 鉱山生産に次ぐ金の供給ソースはスクラップ(その大部分は宝飾品です。)からの回収です。特に相場が上昇を始めた2000年からはその数量は増加傾向にあります。

 価格に対する弾力性が高く、価格が上がるとスクラップの売りが増え、価格が下がると減少します。2006年は過去最高であった1998年と同じレベルでしたが、2007年のさらなる価格の上昇により、おそらく史上最高のレベルまで行っていることが予想されます。

 ちなみに1998年はアジア危機があり、大量のスクラップの売り戻しがアジア各国からありました。特に韓国は国民からの自主的な寄付により、311トン、インドネシアからは205トンもの売りがありました。韓国はそのほかの年が11トンから15トン、インドネシアは例年だいたい30トンから70トンであることを考えると98年にアジア危機のインパクトは相当あったものと考えることができると思います。



金はどのように使われるのか?

2. 需要

 さて今回からは金の需要に関してみていこうと思います。まず第一章のはじめにあげた表の需要の部分を再び見てみましょう。



 需要全体がだいたい約4000トン前後。そのうち約3000トンが加工用需要であり、そのうち圧倒的な割合を占めているのが宝飾需要になります。簡単に言うと、金の需要の最大のものは、圧倒的に宝飾であるということです。加工用の需要の8割以上、その他の需要を含めても六から七割を占めます。近年、価格の高騰とともにその割合は下がりつつありますが。とりあえずまだまだ宝飾品が金の用途の圧倒的部分を占めると考えていていいでしょう。

 その他の加工需要には、工業用需要(エレクトロニクス分野)、歯科需要、コイン・メダル需要などがあります。加工しない分野は、地金をそのまま退蔵する投資需要、そして、これは供給の部分で詳しく書きましたが、鉱山会社の先物売りヘッジの買戻しも需要としてカウントされています。

(1)加工需要の世界分布

 金の生産地は「供給」の項で書きましたが、それでは金はどこで加工されているのでしょうか。下の表は2006年に50トン以上の金の加工需要を記録した国々です。加工需要全体の数字と宝飾需要の数字を調べてみると各国の金需要の特徴が浮かび上がってきて興味深いものがあります。

・第一グループ:加工需要と宝飾需要がほぼ同じ規模の国。インド、中国、
 パキスタンなど。
・第二グループ:加工需要が宝飾需要を上回る国。日本、イタリア、トルコ、
 韓国、タイなど。
・第三グループ:宝飾需要が加工需要を上回る国。アメリカ、サウジアラビ
 ア、ロシア、エジプトなど。

 まず第一のグループの国々。金の需要の大部分が宝飾品である国々。インド、中国という金需要の二大国がこのグループに含まれます。インドはその総数として圧倒的な存在感を示します。加工需要と宝飾需要の差も100トン以上あります。これはコインや金のミニバーといったもっと純粋な形での金投資に向けられたもののようです。

 そして第二のグループはまたこの中で二つのグループに分けることができます。日本や韓国は宝飾にくらべて工業用需要が大きく、イタリアやトルコ、タイは宝飾加工基地として、ほかの国に宝飾品を輸出しており、自国での消費よりも他国への供給国として考えられます。

 第三のグループは自国での加工よりも宝飾品の形で第二のグループ宝飾加工基地国からの輸入が多い国です。アメリカやサウジアラビアはその典型といえます。


(2) 宝飾需要

 加工用需要の中でも最大の項目が宝飾需要です。プラチナや銀、パラジウムといったほかの貴金属の需要の最大の部分が工業用需要であることを考えると、この宝飾需要と中央銀行の備蓄という二つの点が金をほかの貴金属との最大の違いだと言えるでしょう。

 つまり金は実用的な価値(工業用として何かの材料としての利用価値など)よりも宝飾品や通貨としての、金そのままの形での需要が多いメタルであります。下の図のように金ではその加工用需要の約8割が宝飾品であり、その他の工業用需要は残りの2割に過ぎません。これは、銀、プラチナそしてパラジウムなど工業需要がその大部分を占めるほかの貴金属の用途と全く逆の割合です。


 序章でふれた通り金の宝飾としての利用は5000年前までさかのぼることができます。その基本的な需要の構造は現代でも変わっていません。金はやはりそのままの形での宝飾品としの需要が最大であります。その利用価値よりも、そのものの内在的価値がこれほどまで長年に渡って認め続けられていること自体がほかのものでは例を見ないことと言えるでしょう。

 しかしながら、この宝飾需要は工業需要に比べて、どうしても必要なものではありません。宝飾品はなくても実際に人間が生きていく上で困るものではないものです。男性諸氏の中にはまったく金の宝飾品など持っていない人のほうが多いくらいでしょう。そのために宝飾需要は価格弾力性が比較的高い、つまり価格が上昇するとその需要は冷え込み、下がると増加するという関係が顕著に見られます。

 近年の金価格上昇のために、宝飾需要は伸び悩み気味です。また、近年は女性の嗜好も変わってきており、宝飾品で着飾るよりもエステに行って自分本体(!)に投資するといった傾向も強くなってきています。同じ30万円使うのならば、金の宝飾品、エステ、海外旅行といった選択肢がどんどん増えてきており、宝飾品に対するライバルは増えつつあるようです。特に日本やアメリカのような国では、選択肢も多く、金の宝飾品の需要が増えることはなかなかむずかしいようです。




「世界の宝飾需要 前編」


 世界の宝飾需要の最大の国はインドです。やはりこの国では、昔から貴金属の選好が強く、少し前までは銀がその主要な対象でした。もちろん今でも銀の輸入量は多いのですが、ここ数年のインド経済の伸びはめざましく、中間富裕層が急増しています。

 そういう人々からの需要は非常に強く、インドは世界最大の金輸入国であり、その大部分は宝飾品需要となっています。2007年には年前半の好調な需要から年間1000トンの大台に達するのではないかと期待されましたが、9月以降の価格の急騰により需要は急速に冷え込み、初の4桁というわけにはいかないようです。

 アメリカは比較的低品位(低いカラット)の宝飾品が主流です。通信販売の占める割合が大きいとのこと。このところの価格の高騰で、本来ならば相場の動きを受けにくい利益マージンの大きい低いカラットの宝飾品マーケット(アメリカやドイツなど)にもその影響がきており、宝飾需要が大きく減っています。これは小売での売り上げ減少もさることながら、宝飾販売業者がその在庫を大きく減らしてきていることの要因が大きいようです。彼らの信用枠が高価格によって圧迫されたこと、そして何よりも相場上昇のためにこの相場で在庫を持つことにためらいが働いているというのが現状です。

 ちなみにアメリカやドイツなどの低カラットの宝飾品の利益率は200−300%もあり、より純金に近い宝飾がメインである発展途上国の宝飾品の利益率はその10分の1以下だと言われています。



「世界の宝飾需要 後編」
2008年2月20日


 上の表でも明らかなように価格の高騰で各国が軒並み需要が減退する中、中国は2006年の宝飾需要が前年より増加した2つの国のひとつです。(もう一国はロシア)2004年、2005年と2年連続で2桁以上の割合で増加していましたが、さすがに価格高騰の中、その伸びは微増にとどまっています。しかしながら、好調な株式マーケットでお金を手にした人々が宝飾品を購入しているようです。

 またWGC主導のK-Goldという18カラットの宝飾品のプロモーションが3年前から大々的に行われ、それまでは24カラットが中心であった市場に新たな需要を呼び起こすのに成功しました。個々の金量は減っていますが、若者のトレンドをつかみ総売上げは伸びています。

 中国での金関係の会議でスピーチに呼ばれて行ったことが何度かありますが、必ず途中で宝飾品を使ったファッションショーが入ります。


 私は宝飾品よりもモデルの方に目を奪われますが(笑)。中国の経済発展の恩恵を受ける層が増えれば増えるほど宝飾の需要も今後も増加していく可能性は大きいといえます。

 わが国では宝飾需要は年々ほぼ一定して減少しています。1990年代半ばから続く宝飾業界に対する信用供与の収縮、そして近年の価格の高騰が主な要因と考えられています。また、若者層の嗜好の変化もその一因と考えられます。

 たとえば同じ30万円を使うのであれば、現在の世界にはいろいろな選択肢があります。海外旅行、エステ、語学学校など。特に最近は、宝飾品で自分を飾るよりも自分自身を磨くことにお金をかける女性が増えているようです。胸に輝く金のネックレスよりも、素肌の鎖骨の魅力(?)を重視するようになったのでしょう。私にはまっとうなことと感じられますが、宝飾業界にとっては、こういった産業が非常に手ごわいライバルとなっているようです。

 宝飾業界の友人に話をきくと、最近は従来売れていた中間価格帯の製品が売れずに、安いもの、もしくは高いものがよく売れるということです。もっとも大多数を占めていた層が宝飾以外の選択肢に目を向けているのでしょうか。またブランド指向も鮮明で、宝飾品全体が落ち込むなか、ティファニーをはじめとする海外有名ブランドの輸入量を金純分で考えると増加しているということです。



「金 需要編」

(3)エレクトロニクス
2008年2月27日


 この分野は宝飾品とは対照的に増加傾向にあります。代表的な使用法として、金線(ゴールド・ボンディング・ワイヤー:GBW)と金メッキ溶液(シアン化カリウム)があげられます。

 これらは携帯電話からカーナビにいたるまでありとあらゆる電子機器で使われるIC(集積回路)に使われています。最近流行のMP3プレイヤーやデジカメ出荷の伸びも目立ちますが、何よりも一番伸びている分野は、毎年何十億台も生産されている携帯電話です。この分野はもはやパソコンに次いで第二位の成長分野になっています。

金の価格が上昇していることにより、できるだけその使用を避けたいという動きはありますが、材料としての信頼性、およびより小さなものを求められ続けているという条件のもとではまだまだ金に優る素材はないのが現状です。

 そのためこの分野の需要は、これらの製品の生産量と直結しており、そのスピードが緩むことはあっても、増加の傾向が大きく変わることはないと考えられます。ただし、米国のサブプライム問題により、世界経済が冷え込み、こういった電子機器の需要にかげりが出てくるとその限りではなくなりますが。

この分野では日本が圧倒的に強く、特にボンディングワイヤーとめっきに使うスパッタリング・ターゲット材の生産が増えています。エレクトロニクス全体の需要はITバブルが2000年にはじける直前の数字を上回るものになっており、2006年は前年比10%もの伸びをしめしています。やはり自動車産業、携帯電話、MP3プレイヤーやゲームマシン、液晶およびプラズマテレビなどの販売の伸びが大きく影響しているようです。

 日本から大きく離れますが、米国、韓国、シンガポール、台湾などがエレクトロニクス分野の金需要の大きい国々です。確かに電子産業の先進国ばかりですね。

(4) 歯科需要
2008年3月5日


 歯科の需要でも日本は世界一位にあります。政府の決めた金歯(金とパラジウム、銀の合金)の価格と相場の実勢価格の関係により需要のずれが出てくるようですが、基本的に年間22トン前後の需要があります。

 ドイツではセラミック材料が伸びており、その分金の使用は減ってきています。この分野は各国の健康保険が金をカバーするかどうかによって大きくその需要が変わってくる可能性があります。

(5) コイン・メダル


 金貨の最大の生産国はトルコです。この国では結婚式や割礼式に金貨を送ることが一般的であり、その上に近年の上昇相場で投資需要も年々増えているようです。圧倒的な一位の座は揺らぎそうもありません。米国の伸びも著しいものがありますが、これは2006年の1オンス・バッファローコインの発売の影響によるものです。

2008年3月12日

 先週で一応「金の供給と需要」は終わりです。これまで書き貯めていた貯金も底をつきました(笑)。ひとつの区切りとして、今回から何回かは過去から最近までに至る金相場の動きを書いてみたいと思います。



「上昇を続ける金相場」

 この連載をはじめた 昨年の9月は金が700ドルを突破し、それで大騒ぎしていました。ところが現在、2008年3月3日には990ドルにタッチ、1000ドルまであと10ドルというところまで上昇しました。金相場のこれまでの歩みを1980年の過去の最高値から新たな高値に至るまで、まず振り返ってみましょう。

1.過去の金相場 −1980年の高値の背景とその後の動き


a. 1980年の金急騰の背景

 これまでの過去28年間、金の史上最高値としておそらくは二度と破られることはないであろうと考えられていた850ドル。まずはその時の背景を振り返ってみましょう。

 2007年11月5日のロンドン・フィキシングで金は28年ぶりの800ドル台を記録しました。(AM Fixing 802.50ドル、PM Fixing 804.75ドル)これ以前の800ドル台のフィキシングは実は、たったの四回しかありません。それも1980年1月18日(金曜日)21日(月曜日)の二日間連続のAM/PMのたった4回だけなのです。

1.1980年1月18日 AM Fixing $825.50
2.1980年1月18日 PM Fixing $835.00
3.1980年1月21日 AM Fixing $843.00
4.1980年1月21日 PM Fixing $850.00

 つまり28年間、金の最高値として記録されていたラリーは。たった二日の急騰劇であり、その翌日1980年1月22日のAM Fixingは763ドルまで急落しています。一日にして約90ドルもの下落。以降昨年2007年11月5日まで、金は二度と800ドル台に戻ることはありませんでした。この動きの背景にあったのはいったい何だったのでしょうか。

 当時は現在でいう「地政学的」な要因が目白押しでした。79年にはイランの親米政権であったパフラヴィー政権(当時はパーレビと表記されていました。)が崩壊し、ホメイニ師を指導者とするイスラムシーア派原理主義によるイラン革命が勃発。テヘランのアメリカ大使館占拠事件、そしてイスラム原理主義に警戒心を強めたソ連によるアフガニスタン侵攻。第二次オイルショックとその後のイラン・イラク戦争。

 そのうえ当時の市場情勢として、銀価格がハント兄弟による買い占め事件により、50ドルまで急騰していました。また米国の連邦準備理事会(FRB)議長としてポール・ボルカー氏が就任し、金融引き締めの結果フェデラルファンドレートは20%近くにまで上昇していたのです。

 こういった状況を背景に、ソ連のアフガニスタン侵攻のニュースを直接的なきっかけとしてこの二日間の金価格急騰があったのでした。

 しかしながら、このようないわゆる「イベント・ドリブン」な相場の急騰は長続きせず、最初の動揺が落ち着き、コメックスでの銀の取引の停止をきっかけとして、価格もすぐに急落する結果となったのでした。



b. その後20年間の金相場の低迷
2008年3月19日


 その後の20年間、金相場は大きく低迷することになります。冷戦構造の終結。中央銀行の保有金の売却。金鉱山会社の先売り。強いドル。株式市場の隆盛。インフレ懸念の後退。金にとっては逆境の時代であったといえます。冷戦の終結といったような外部環境に関してはもはや説明の必要もないでしょう。

 この時代に特に注目に値するのは鉱山会社の先物売りヘッジと中央銀行の金貸し出しと金売却という金市場の内部要因だと思います。鉱山会社の先物売りと中央銀行の金貸し出しは密接に関係していました。

「鉱山会社の金先物売り」

 1980年代から90年代にかけて、大手ブリオンバンク(金を扱う金融機関。大手の外銀はたいてい金を扱っていました)は相次いでオーストラリアに金取引の拠点を開きました。金価格が下降局面において、金鉱山会社はゴールドローンという手法を用いて低利の資金を調達し、さらに将来生産する予定の金をそのときの価格で先物売りを行い、下落傾向にある金価格を「固定」するというオペレーションを行っていました。そしてこれがブリオンバンクの主な仕事でした。

 金を借りるコストを「リースレート」と呼びますが、これは通貨の場合の「金利」にあたります。難しくいうと「手元流動性を手放すための価格」と言えますが、平たくいうと金(ゴールド)を借りる金利、ということです。金は金利を生まないとよく言われますが、それは間違いで、市場ではちゃんと貸し借りが成立しており、その貸し借りのレートがリースレートです。
 一般に金のリースレートは、通貨の金利よりも格段に低く、特に実際に金を生産する鉱山会社にとっては、運転資金としての資金の調達方法としてもこれは非常に魅力的なものでした。その一連の流れは、ブリオンバンクからゴールドを借り、それをその時の市場の価格で売却し、それで入ってきた資金(売却代金)で金を掘り、生産した金を借りた金の返却に当てます。

 当時(そして現在も)金のリースレートは米ドルの借り入れ金利の数分の一と格段に低く、金を借りてそれを資金化し、最終的には金を生産して金としてそれを返却できる鉱山会社にとって、これは非常に有利な資金調達の方法であるとともに、借りた金を売却することによって、生産する金のコストも固定できる(価格ヘッジ)というメリットもあり、まさに一石二鳥のスキームでした。

 そもそも鉱山会社の経営を助けるために開発されたこのゴールドローンにより、特に豪州を中心とした金生産者の先売りが80年代、90年代の金相場の頭を重く押さえることになり、それが20年にわたる金価格低迷の主な要因になったのは歴史の皮肉といえるかもしれません。

「中央銀行の金売却」

 この金の究極の貸し手として存在していたのが中央銀行です。極端に単純化すればブリオンバンクは中央銀行からその金を借り、それを鉱山会社に貸し出していたという構図がこの20年間存在していました。中央銀行にとって金に対する考え方が大きく変わったのがこの20年間でした。彼らの外貨準備の一つとしての金は運用魅力に乏しい通貨の一つとして見られるようになってきました。戦争を知っている古い世代の考え方と新しいセントラルバンカーたちとでは明らかに金に対する態度も変わってきており、中央銀行により金の売却が頻繁に行われたこともこの時期の金価格の頭を押さえたことの要因となっています。

 1980年に850ドルをつけた後の金相場はその後下落を続け、20年かけて250ドルまで下がることになりました。本格的な相場の反転は2000年まで待たねばならなかったのです。



c.2000年の方向転換と現在に至る強気相場
2008年3月26日


「中央銀行ワシントン合意」

 この相場の転換点の起点となったと思えるのが1999年の欧州15中央銀行によるワシントン合意(現在はCBGA, Central Bank Gold Agreement)と呼ばれているものです。これまでの金の貸し出しおよび売却に枠を設けようというものであり、それまで続いた弱気相場の要因を取り除くものとなりました。この合意の発表と同時に金相場は250ドルから
290ドルと40ドルの急騰を演じています。

「911と鉱山会社のヘッジの買い戻し」

 この後、2001年3月には再び250ドル台まで下落しますが、結果的にそれが20年続いた弱気相場の大底となりました。その年9月の米国同時多発テロ911事件、そしてイラク情勢の緊迫などの地政学的な要因をきっかけに金に対する見方が変わり、ドルに対する信頼のゆらぎに対してその価値を上げることになったのです。

 金鉱山会社もその流れに敏感であり、それまでの先売りのポジションを買い戻す動きが活発になってきました。下落基調のマーケットでは先物売りのヘッジは、コストを確保するという理にかなった行動であったはずが、マーケットが上昇基調に入ったことによって、価格が上昇することによって得られるメリットを放棄する行動へと変わってしまい、売りヘッジはだんだん株主からの理解が得にくくなってきたのです。

 これまで「売り手」として存在していた鉱山会社が、「買い手」となってしまったのです。マーケットにはダブルのインパクトがあるのは容易に想像できます。2000年から2006年までの鉱山会社の買戻しの総計は1700トンを上回るとみられています。


「GOLD ETFの登場」


 GOLD ETFが生まれたのはオーストラリアで2003年3月28日です。これまで金に興味があっても投資の方法がなかった機関投資家にとって、金現物投資に伴うやっかいごと(現物の保管等々)や先物取引に対するアレルギーを一切気にする必要がなく、株式や債券への投資と全く同じように金に対して投資ができるというETFはまさに時代の要請に直接答える商品でありました。

 ETFはスタートと同時に急速にその残高を伸ばし、現在では、類似の商品をすべて合わせるとその残高は850トンにもなります。これは中央銀行の保有金にくらべると、世界で7番目の日本の保有高765トンを上回る量です。つまりそれだけの金が新たに買われたことになり、これはおそらくその大部分がこれまでの金マーケットには参加していなかった新たな資金と考えることができます。

 ETFは購入された金の現物を倉庫に保管するという仕組みになっており、そのままその数量がマーケットから吸い上げられています。ですから同じ数量の現物買いそのままのインパクトをマーケットに与えます。2004年からの相場の上昇に大きな影響を与えているのは確実です。(金ETFに関しては、連載本編でくわしく取り上げたいと思います。)




d. 2005年から2008年に至る超強気相場
2008年4月2日


 2001年以降はそれ以前のゆるやかな下落相場とまったく対照的にほぼ一方的な上昇相場となっています。2002年に300ドルを超え、2003年年末には400ドル、そして2005年後半からはその上昇の速度が加速度的に増加し、2006年4月には650ドル、そして2007年末に800ドル、2008年は年初にして80年の歴史的高値である850ドルを超え、3月14日にはついに1000ドルを達成し、週明け17日には1031ドルまで急騰するなど、新たな高値を記録しています。

 この期間の急激な相場の急騰の背景には、金のみならず商品市場全体に対して投資資金が流入してきているという状況があります。原油が100ドルに到達し、プラチナは2200ドルを超えるという具合に多くの商品が歴史的な高値を具現しています。

 つまり商品という分野に、これまでにはない勢いで資金がシフトしてきているのです。そしてその裏側にはこれまでの米国の経済力を中心として成り立ってきた現在の国際金融システムに対する信頼のゆらぎが感じられます。

 具体的には米国中心経済の象徴である米ドルからの資金がユーロや商品に向かっているということができるでしょう。もちろん、中国やインドの台頭により各商品の需給がタイトになってきていることも確かにありますが、この急騰はそれだけで説明できるものではありません。やはりもっと大きな枠組みが必要でしょう。

 ETFの残高が増加し続けていることはそのひとつの例であり、同じく世界最大の金先物市場であるコメックス(ナイメックスのコメックス部門)の投資家ロングの残高も歴史的な高み(2008年3月現在830トン)にあり、それが数ヶ月以上にわたって維持されるというこれまでではほとんど見られない状況にあります。一時的に取り組みが増えることがあっても、過去はそれがこれほど長続きすることはありませんでした。今回はまったくちがった様相であるといえます。




2. 2008年の金相場の行方(1)
2008年4月9日


 2008年は年初から非常に激しい動きになっています。年初に850ドルを突破して28年ぶりに高値を更新、その後いちど850ドルに戻したあとはほぼ一本調子で上昇し、そして3月中旬にはとうとう1000ドルを達成しました。

 ETFやコメックスのロングのポジションを注視するのは当然のこととして、影響力は縮小傾向にあるものの、取引時間延長で巻き返しを図る東工取や新たに始まった上海期貨交易所(Shanghai FuturesExchange: SHFE)の金先物取引など、注目すべき点も増えています。

「東京工業品取引所」

 まず東工取が1月7日より取引時間を2時間延長し、後場の終了時間が午後3時半から午後5時半になりました。これにより確実に取引量が増え、ヨーロッパの朝のインタレストを取り込んでおり、これまでは時間帯の狭間で取引の少なかった時間帯に新たな需要を掘り起こしています。2009年3月までには新システムの導入と午後11時までの延長を予定しており、その結果を見て24時間化を早急に実現するという目標を掲げています。

 先に24時間化を実現したNYMEXにアジアのマーケットの主導権を奪われた格好になっている東工取が、これにより巻き返すことができるか注目されるところです(一方で、取引をおこなっているトレーダーたちの負担を増やしており、各社はその対応に苦慮しています)。

 東工取の一般のロングは昨年9月より増加傾向にあり140トンまで増えていますが、これは数量的にはコメックスの1/6以下の規模にすぎません。


「Shanghai Futures Exchange : SHFE」

 中国では上海期貨交易所(Shanghai Futures Exchange:SHFE)が1月9日より金先物の取引を開始しました。初日の出来高が12万枚を超え、市場関係者を驚かせました。裁定取引が働いていないとはいえ、ロコ・ロンドン価格に対して一時100ドル近いプレミアムがつきました。さすがに初日は特別だったようですが、しばらく20ドルから30ドル近いプレミアムが続きました。

 このマーケットに海外勢が参入するのもおそらくは時間の問題であり、中国の市場が直接的に海外マーケットに価格の影響を与える日も近いと思われます。




2. 2008年の金相場の行方(2)
2008年4月16日

「外的要因プライムローン問題、ドルと原油、そして地政学的要因」

 ご存知のようにサブプライムローンによる金融機関の損失は膨らむ一方です。増加しすぎた信用創造が一挙にはじけ、それをベースとしていた金融システムが音をたてて崩れつつあります。ドルの下落とともにユーロと金、原油を代表とする商品に資金が逃避しているというのが今起こっていることです。


 金とユーロのチャートを重ねてみると(上のチャート)おもしろいほど形が酷似しているのがわかります。現状の1000ドル近い金価格は、この状況がなければ説明がつきません。需給のバランスでは、鉱山生産の減少傾向が変わらずあるとはいえ、加工需要の約80%を占める宝飾需要がこの高値でぱったりと絶えています。逆にスクラップの売り戻しがでている状況で、需給的にはこの高値を正当化するのは不可能です。

 現在のマーケットの高値の原動力は、ここまで見てきたように鉱山会社のbuy back(買い戻し), ETFの買い、COMEXの買い、そして東工取の買いといった投資分野であると考えられ、今後もしばらくはこれらの投資資金の行方如何によって金価格が決まってくるでしょう。

 サブプライムローン問題はまだ尾を引いており、それによる景気後退にブッシュ政権がいかなる方策をとりえるのか。また中東イラン情勢に対してブッシュ政権の強い態度は続くのか。米次期政権の経済運営はどうなるのか。下落の続く株式相場は米政権の対策の不足を声高に主張しているように思えます。

 景気の後退はまだ始まったばかりであり、これから夏にかけてさらなる株価の下落がありえるのではないか。ドルへの信頼回復はいまだ道遠く、金の輝きは簡単には薄れないようです。現在金市場に入ってきている資金は簡単にはマーケットから出て行かないと感じます。おそらくは1000ドル超え、場合によっては1200ドルというのもありえるのではないでしょうか。

 しかしながらこの前代未聞の高値に警戒感が強まっているのも確かです。現在の金価格は金独自の需給とはかけ離れたものになっており、「金融危機プレミアム」が上乗せされています。

 実需が活発に買っていたのが700ドル以下のレベルで、昨年の9月末までにあたりますが、その頃まではたとえば最大の需要国であるインドの年間金購入数量は1000トンに達するであろうと言われるくらい活発な買いが存在していました。それがその後の900ドルに至る急騰により、需要は止まり、逆に金スクラップの売りが大量にマーケットに還流しているのです。ちなみに、昨年2007年のインドの金輸入量は、1000トンに遠く及ばず715トンという数字が発表されています。

 この「金融危機プレミアム」は当然、現在の危機が回避されればなくなってしかるべきものです。単純に需給で考えるとおそらく650ドルから750ドルのあたりが適正なレベルではないでしょうか。

 そう考えると、この「外的要因プレミアム」がどこまで続くのかが今後の相場を占う上での焦点であると考えられます。つまり今後の世界の金融市場の動向が今年の金相場の最大のポイントでしょう。現在の混乱が長引くとすれば、このプレミアムが簡単に削られることはないでしょう。少なくとも夏あたりまでは続きそうであり、そうなるとそれまでには高値1000ドル以上、場合によっては1200ドルというのもありえると思います。しかしいったんそれが外れれば、ここは歴史的高値となり、さきほどの実需が支える700ドルを中心としたところまでの下落は十分に考えられます。

 現時点ではCautiously Bullish、 高値警戒感に気をつけながらもやはり強気、 という言葉が一番ぴったりでしょう。このまま年央にかけて高値をつけ、世界経済もなんとか危機を脱し、商品の騰勢もとりあえず一服というシナリオは楽観的でしょうか。

 もっとも不得意とするところの相場予想(笑)は今年の高値1100ドル、下値700ドルと書いておきましょう。正直言わせてもらえば、まったくわからないというのが本音です。ただ上げすぎた分(プレミアム)の修正は必ずいつかどこかで入ってくる、それは心に留めておきたいと思います。