「韓国の金市場の現状 前編」

 2007年11月1日ソウルで行われたThe Second Seoul International Gold Conferenceにスピーカーとして参加してきました。この会議はWorld Gold Councilと韓国の経済新聞であるThe Financial Times社の協賛によるもので、今後の韓国の金市場の発展を促すことを目的とし、金産業に関わる人々、および政府の金行政の要の人々を招いて開かれたものです。

 韓国の金市場は混沌の中にあります。今回私が出席した会議も、大きな目的はその混沌を解消し、正常な状態に戻すことにありました。

 韓国と金といえば、1997年のアジア危機のときの出来事を思い出します。韓国はIMFの管理下におかれるということがありました。経済再建のため非常に厳しい管理を強いられました。そんな中、国民は国家経済を救うために手持ちの金を自ら拠出し、国庫の足しにしました。

 下のチャートみればわかりますが、1998年だけ、韓国の金スクラップの売却量が平時の10倍に増えました。国家の経済の危機に際して、これだけの力を発揮する愛国的な韓国国民です。ワールドカップのあの赤いTシャツの盛り上がりを思い出す人も多いのではないでしょうか。


 しかしながら、この韓国ではこれ以外にも金を巡ってほかの国では考えられないような現象が過去ほかにも起きています。本来の金が果たす役割とは違った韓国のケースをここで紹介し、過去から現在の現状を紹介しましょう。

1.ゴールド・タッチダウンビジネスの盛り上がり(1996−1998年)

 1995年、韓国の金輸入、輸出量は前年比各270%、340%と急激に増加しました。そしてその翌年1997年にはさらにその規模は拡大し、それ以前はせいぜい数十トンの輸出入だったものが400トンを超えるような数字に急拡大したのでした。

 当時の韓国のゴールドトレーダーたち(主に韓国の大手商社でした)は、スイス、オーストラリア、英国、南ア、アメリカの精錬業者から金を大量に輸入し、それをそのまま香港、シンガポール、マレーシア、台湾そして日本のトレーダーやユーザーに輸出しました。当時、突然韓国の商社が非常に安いプレミアムで金をアジアで売り歩くようになり、我々は非常に困惑したものです。どう考えても彼らが世界各地の精錬業者から調達してくる金のプレミアムよりも遥かに安いプレミアム(時にはディスカウントで)販売していたからです。当然のことながら、我々は到底太刀打ちできるわけもなく、まさに当時のアジアでの金の流通は韓国が中心となりました。それまで数十トンのローカルマーケットだった国が突然アジアのハブになったのですからこれは非常に大きな驚きでした。

 いったいどうしてこんなことができるのか、当時いろいろ調べてわかったことは、彼らは金を利用して、米ドルと韓国ウォンの金利差(当時は5〜8%と非常に大きなものでした)を利用して裁定取引をしているということでした。正確には裁定取引ではなく投機取引と言ったほうが正確です。金はその価値が重さに対して大きいことから、これに利用するにはぴったりの材料であったという理由だけで使われて、本来の金の用途とは全く関係ないことがわかりました。ですから彼らは買ってきたものをすぐに転売するということを繰り返していたのでした。

 具体的には、当時の韓国の商社は、政府による「繰り延べ支払い制度」を使い、米ドルを借りて金を買い輸入します。しかし、彼らはこの金を買うと同時に香港やシンガポールの銀行に対してその金を売却し、輸入すると同時に輸出するということを行います。この売却代金の米ドルを韓国ウォンに換え、それを米ドルよりも遙かに高い金利で運用します。そしてこの繰り延べ支払い制度の支払い期限が来ると再びウォンを米ドルに換えて返済に充てます。金利差によって得られた利益によって、この取引にかかるコストはすべてカバーされ、十分おつりが来るだけの収益となったのでした。精錬会社から買ったプレミアムよりも遙かに安いプレミアムまたはディスカウントで金を香港やシンガポールに売却しても商売が成り立つ理由がここにあります。また理論的には「金」でなくてもよいわけです。

 しかしながら当然この取引には米ドル・韓国ドルの為替のリスクが伴います。外国為替のマーケットに対する知識がある方には一目瞭然のはずです。スポットと先物の値差は、金利差が反映されています。ところがこの取引では、先物の為替レートをヘッジしない、ということが「みそ」なのです。(ヘッジするとこのような利益は生まれてきません)ですからこれは単なる為替のスペキュレーションだと言ってもいいのです。実際、1996年には韓国ウォンの大幅な値下がりによって、このオペレーションをしていた韓国商社は軒並み大きな損失を負うことになりました。

 このオペレーション自体は何ら法律に抵触するものではありません。とはいえ健全とは言えないのは確かであり、韓国当局も最長延べ払いの期間を180日から30日に短縮するなどの対策をうち、その後金利差も減少していったことによってこの取引は消滅して行きました。


「韓国の金市場の現状 後編」

2.税金詐欺目的の金輸出入取引

 タッチダウンビジネスがほぼ息を潜めてから数年後、またもや韓国の輸出入の数字が大きく動き注目を浴びることになります。

 今度は同じく金を利用して、その輸出入の際の付加価値税の還付を悪用した「税金詐欺」が大々的に行われたのです。主に韓国と香港の間で一部の業者が税金を不当にせしめるために金地金を大量に輸出入を行ったものです。2004年の金輸入量は124トンにもなりました。そしてこの犯罪に対する規制が厳しくなった2006年はたったの24トン。なんと100トンもの金がただ単に入って出て行った計算になります。

 金を輸入し、輸出する過程で、何社もの闇業者が間に入り、書類を偽造することにより本来ならば国庫に行くはずの税金を掠め取るということが非常に大規模に行われていました。(コラム:「税金詐欺目的金ビジネスの仕組み」参照のこと)このビジネスにかかわった人々に対する取調べは未だ続いており、当局は過去何年にもわたる記録を徹底的に調べていると、とある業界関係者は教えてくれました。すでに相当数の逮捕者もでているらしいです。また先に書いたタッチダウンビジネスおいても、この税金詐欺に関わっていたと見られる業者もあるようで、この捜査に関しては10年以上もさかのぼって行われているとのことです。

3. 韓国の金をめぐる税制と今後のマーケット正常化への動き

 韓国はおそらく世界で唯一、金に対して高い税金をかけています。金地金を輸入すると、輸入税が3%そして付加価値税(Value Added Tax: VAT)が10%、合計で13%もの税金がかかります。


 韓国には金鉱山はなく、基本的にすべての金を海外から調達しています。そして金をまとも輸入して国内で販売すると13%の税金を取られます。しかし海外では基本的に無税、すなわち、海外の金は韓国国内で買う金よりも13%も安いことになります。こういう状況ではいったいなにが起きるでしょうか。隠して持ち込むことによって10%以上もの利益を得られるとすれば、当然のことながら密輸を考える輩が出てきます。金はかさ張らず、大きな金額になります。これは経済犯罪者にとっては格好の目標となります。十分すぎるインセンティブだと言ってよいでしょう。

 実際、韓国の金市場は公式の統計には出てきていない密輸の占める割合が相当大きいといわれています。その大部分は香港と中国本土から来ています。これは税金をなくさない限りなくならないでしょう。ですから韓国政府のこれからの舵取りが一番のキーを握ると考えられます。WGCのAlbert Cheng氏はこの点非常に大きな声で強調していました。「韓国当局は金に対する税金を撤廃するべきである。それがすべての始まりになる。」と。

 韓国国内でも当然の流れとして金市場の正常化が話題になっています。政府は2007年7月に金市場改革案を発表しました。その骨子は以下のとおりです。

1. 20%の特別消費税(Special Consumption Tax :宝飾品にVAT10%のその上にかかる税金)を廃止する。

2. 現在行われている宝飾品の輸出のための金に対するVATの免除は2010年まで延長する。

3. VATが免除されている金に対する輸入税3%は廃止する。

4. 金取引所を創設する。

5. 金貯蓄口座の開設を銀行に導入する。

6. Gold Scrapの購入に対する減税措置。

 残念ながらすべての税金の廃止までは踏み込んでいません。税金を廃止しない限り問題は解決しないというWGCの言葉どおり、おそらく将来的にはすべてが廃止される方向に行かざるを得ないと思います。

 密輸の問題と価格高騰のためのスクラップの売り戻しのために、韓国国内の金は大きなディスカウントになっています。このため、正規の輸入業者には非常に厳しい状況であり、現在はまともな市場として成り立っていない状況です。「市場の正常化」がまさに急務であり、これからの韓国の金市場が育っていくかどうかもそこにかかっていると思われます。

「税金詐欺金ビジネスの仕組み」

 輸入された金がそもそも国内で流通するためではなくそのまま輸出されたり、宝飾品などに加工されて輸出されるような場合にはVATが還付されたり、免除されたりする制度を悪用し、払ってもいないVATの還付を受けるというのがこの詐欺ビジネスの根幹です。

 金の場合、値が張り持ち運びも容易なことから、数パーセントでも大きな利益を比較的簡単に得ることができるこの詐欺行為は、燎原の火のごとく広がったのでした。

 その基本的なスキームを説明しましょう。実際はもっと入り組んでいると思われますが、理解のため大枠で。

金価格:600ドルと仮定。
Import Tax(輸入税) : 3%
VAT (Values Added Tax: 付加価値税): 10%
輸入業者
ローカルトレーダーA
ローカルトレーダーB
ローカルトレーダーC
輸出業者

1.輸入業者が海外のトレーダーから金を輸入します。この金のコストは
  $600+$18(輸入税3%)=$618

2.それをローカルトレーダーAが金の再輸出を目的に輸入業者から買い
  ます。再輸出用ということで、VATの10%は免除されます。取引価格は
  $618+$1(Aの利益)=$619

3.AはそれをローカルトレーダーBに書類上の売却をします。ここは国内
  取引なので、価格にはVATを含み、
  $619+$1(ローカルトレーダーAの利益)+$62(VAT10%)=$682

4.BはそれをローカルトレーダーCに書類上の売却をします。ここも国内取
  引なので、価格にはVATを含み、
  $620+$1(ローカルトレーダーBの利益)+$62.1(VAT10%) = $683.10

5.ローカルトレーダーCはこの金を輸出業者に書類上の売却をします。書
  類上は大きな損を出しながら。
  $654(国際価格$595+VAT $59.5)。

6.輸出業者は$596(国際価格$595+$1(輸出業者の利益))で金を輸出し、
  $59.5のVATを政府に還付請求します。

 実はこれら一連の取引は一人の人間もしくは団体が背景にいてコントロールしているもので、ローカルトレーダーA、 B、 Cはすべて実体のないペーパーカンパニーであり、彼らがVATの申告を税務当局にしなければならない1月もしくは7月になる前に跡形もなくなっている、ということになります。ところが輸出業者に対して、政府はVATを還付します。その時点では輸出業者とそれ以前にその輸出された金のたどってきた道筋をたどることは困難であり、そもそもそのようなシステムにはなっていないからです。

 ポイントは書類の提出と受領の時期と実際の資金の流れが一致していないということです。ローカルトレーダーを操る人間がそのペーパーカンパニーとともにドロンを決め込んでしまえば、結局この一連の取引で損をするのは実際には納められていない税金を還付している国ということになります。

 巨額の税金がこの取引によってだまし取られました。現在この犯罪に対し当局による大規模な捜査が続いています。非常に多くの人がこのビジネスに手を染めたと考えられており、これが韓国の金市場に与えている影響は大きく、ここからの立ち直りが未だに課題となっています。

 このビジネスが行われていた頃、韓国の金輸出入が突然巨大な数字になりました。平年の10倍以上もの数字になったのですから当然のことながら海外の市場にも大きな影響を与えました。香港、オーストラリアから大量の金が輸入され、そして輸出されました。海外のディーラーが韓国の業者相手に金を売り、買いしていたことになります。

 突然急増した取引量に疑問を持たないわけがありません。海外のディーラーも当然のことながらその背景に気がつかないわけはありません。しかしながら彼らにとっては、まったく合法的な通常の取引であり、それ自体には問題はありませんでした。でもその背景に気がついていて、それでも片目を閉じて、ビジネスに応じていたとすればモラル的な問題はないとは言えないでしょう。

 積極的にやるところ、タッチダウンビジネスには一切関与しなかったところ、海外ディーラーの対応も二極化していました。韓国に人をおいて積極的にやっていたところには罪に問われているところもあります。