ベトナムの金
2010年01月20日

今週はベトナムの話です。

ベトナム金市場の現状

 今、ベトナムの金市場が揺れています。2009年の年末にベトナムの中央銀行が発表したところによると、今年2010年3月31日までに今20余りある、いわゆる「金私設取引所」の全てを閉鎖するとのことです。

 私設取引所とは、商業銀行や私企業が提供しているゴールド取引の場のことです。こういった取引所、もしくはプラットホームは最高で14倍のレバレッジが効くとのことで、もともとゴールドが通貨としても通用している国ということもあり、投資家層のゴールド選好は非常に強い国です。そのような国のため、こういった取引が二年前に始まってからは、あっという間に非常にポピュラーになったのでした。 現在は全ての口座を合わせると3万口座くらいあるといわれています。しかし政府としてみればこれはベトナムの金融システムおよび個人投資家への大きなリスクである、という判断で今回の決断に至ったようです。

 ベトナムは金地金の退蔵需要では、現在インドに次いで世界で第二位の金大国になっています。2008年のGFMSによる数字では、インドが約140トンであったのに対して、ベトナムは96トン。いろんなセミナーでも話をしていますが、この二年アジアでもっとも活発にゴールドを取引しているのはベトナムです。その裏側にはこういった投資家のレバレッジの効いた取引と実際の現物の取引があったのです。


 2008年にはあまりにも金輸入の勢いが大きかったため、ベトナムの貿易赤字が膨らみ、そのせいで政府は5月半ばから金地金の輸入禁止措置をとるに至りました。この政策は最初の頃こそその効果があり、ベトナムの金投資も少し下火になりました。しかしながらやはり消費者の金選好はその後も続き、国内の金加工業者はその需要を満たすためにスクラップ材料と非公式筋(大部分はタイからの密輸)からの金を加工するという状態が続きました。

 そしてその結果2009年11月にはベトナム国内の金価格が国際価格に比べて150ドルものプレミアムとなり、中央銀行もとうとう金輸入を解禁するに至るのでした。その後はすごい勢いで金の輸入が始まり、今度はそれによって2008年の年末に220億ドルあったベトナムの外貨準備が、2010年初頭には160億ドルまで急速に減少したのです。ベトナム政府はベトナムの七つの大手企業にドルを売るように命令するということにまでなっています。金の取引がベトナムという国家全体に与える影響はかくも大きなものなのです。

 さて、こういった金取引市場を2007年に最初に開設したのはAsia Commercial Bank(ACB)であり、その成功に続いて続々とほかの銀行も同じような取引の場を設けるようになりました。これが今20以上あり、これらの取引の出来高が現在は一日に1億ドルといわれています。ざっくりと金に換算して30トン。これはベトナムの株式市場よりも遥かに大きな規模のものになっています。当然ベトナム政府としても看過できないものとなり、今回の措置となったようです。

 今年4月以降は中央銀行が金取引の規制を責任を持って行うことになっていますが、どのような形で行うのかは未だ発表されていません。これだけ盛り上がった金取引ですから、迅速な手を打たないと逆にブラックマーケットの隆盛を招くことになるのではないかという恐れがあります。王道はおそらく中国のごとく公設の金取引所を設立することでしょうが、これはほんの数ヶ月でなしえるような話ではありません。

 果たして2010年4月以降どのように中央銀行が金市場を運営していくのか、非常に注目の集まるところです。なんといってももっとも取引が活発な国と言ってもいい国ですからね。金市場全体に与える影響も小さくないと思います。

★池水氏によるブルースレポート
http://www.ovalnext.co.jp/bruce/



ベトナムの金市場の現状 その2
2010年2月3日

 先月、「ベトナム金市場の現状」という題で、ベトナムの私設金取引所の3月31日での閉鎖処置に関して書きましたが、今週はその続報です。

 そもそも今回の閉鎖の対象になっている20の私設取引所での取引は日本での「FX証拠金取引」と似たようなイメージなのですが、それ以上に投機性の高いもので、その資金の93%がそういった取引プラットフォームを用意している銀行によって投資家に貸し出されたものでした。つまり個人投機家が、銀行にお金を借りて、金のポジションを取っていたということになります。さすがに中央銀行のチェックが入り、今年の3月いっぱいですべての取引を停止うるということになったのです。

 この発表以降、こういった金証拠金取引は明らかに下火になってきています。以下主なプレーヤーの現状が現地の新聞に報道されています。

 Eximbank SJC(Saigon Jewelry Holding.Co.)規制発表以前は一日平均20万テール(1taelは37.5grm) =7.5トンの金取引があったものが、発表後は450kgから900kg程度に激減。

 Sacombank SBJ (Sacombank Jewelry Co.) かつてはベトナムで最大の取引量を誇り一日50万テール=18.75トンもの取引があったが、規制発表後の1月23日の取引はわずか1万テール=375kgと1/50に減少。

 その他、Asia Commercial Bank (ACB)、VietA Bank, the Vietnam Gold Business (VGB) そしてthe Vang The Gioi(VTG or World Gold) はそれぞれ取引量が1/4になり、一日あたり500−600テール=約20kgに低迷しています。

 VietA Bankの取引プラットフォームは2月11日に閉鎖される予定ですが、取引量は90%減少したとのことです。

 Eximbank (Vietnam Export and Import Bank)は投機家への金取引のための資金融資を中止し、今後それを回収していくと発表しました。またこれだけ取引数量が低迷しているため、二月半ばのベトナムの旧正月であるテトの前に取引を中止するかもしれないとEximbank関係者は言っています。

 ACBは週末も含めて(!)24時間取引であった取引時間を1月25日から、月曜日から金曜日までの午前7時半から午後5時までと短縮し、これ以外の時間帯はインターネットもしくはコールセンター経由での取引に変更しました。

 これら銀行系業者はゴールド取引に従事していた人員を銀行のほかの部署にまわすことで対応しようとしていますが、VGBやVTGといった純粋に金取引プラットフォームのみでやっている業者は将来的に人員整理に動かざるを得ない状況です。

 またこれらのプラットフォームのいくつかは証拠金取引のペーパーゴールドから現物のゴールド取引への移行を計画しているところもあるようです。今回の中央銀行の規制がかかっているのはペーパーゴールドのほうのみであり、現物取引は4月以降も従来どおり行われます。

 あとわずか2カ月ですが、4月以降中央銀行が金市場をどのように運営していくのか、非常に興味深いところです。もはや時間的に考えて、一足飛びに公設金市場の設立というわけには行かないでしょうが、将来的にはおそらく先物市場を作るしかないと思います。しかしそれまでは、何社かを選んでライセンスを与える形で取引を継続させるのか、もしくは一切、このようなレバレッジの効いた投機的取引は禁止するのか。また進展があれば書きましょう。

★池水氏によるブルースレポート
http://www.ovalnext.co.jp/bruce/



ベトナムと金(前編)
2008年7月30日

 ベトナムは非常に興味深い国です。私が初めてベトナムに行ったのは確か2004年の7月でした。首都ハノイでは空港から街までの間には田園地帯が続き、水牛とあの円錐型の麦藁帽子をかぶった農民が田んぼ仕事をしているのどかな印象が残っています。

 経済の中心地の旧サイゴン、現在のホーチミンシティは活気にあふれ、何よりもそのモーターバイクの数に圧倒されました。バイクの洪水の中を車が泳いでいる感じです。二人乗りは当たり前、一家四人で50ccくらいのバイクに乗っている人たちもたくさんいました。また、小型トラック顔負けの荷物を積んでいる人も。ギネス記録に挑戦しているのではないかと思えるほどです。そして誰もヘルメットなんてかぶっていません。交通事故はどうなんでしょうか。

 この国はアートの国でもあります。ホーチミンシティの街角には画廊がいたるところにあり、鮮やかな色使いの素敵な絵を売っています。真剣に買って帰ることを考えたのですが、荷物を考えて断念しました。将来観光に来る機会があれば、画廊巡りをしたいと思っています。工芸品も多く、雑貨フリークにはきっと天国でしょう。

 コーヒー豆の生産もブラジルに次ぐ世界第二位。コンデンスミルクをグラスの底に入れてから、アルミ製の独特のコーヒーフィルターから濃いコーヒーをポタポタ落とすベトナムコーヒーの飲み方には賛否両論ありましょうが(私には甘過ぎ!)、おいしい豆を安価に手に入れることができ、かの国に行くと必ずコーヒー豆を買って帰ります。

 ベトナム料理はもはやここで書く必要もないでしょう。中華やタイ料理に似ている部分がありますが、本当においしい。フォー屋でテーブルに山盛りに詰まれた草(ハーブなんですが)をフォーに大量に入れて食べていると草食動物になった気分がします(笑)。ベトナムの人は本当にハーブが好きです。ミントやレモングラス、バジルにドクダミ、あとは雑草にしか見えないような葉っぱがいろいろたくさん。



ベトナムと金(後編)
2008年8月6日

 ベトナムと金は非常に深いつながりがあります。ベトナム戦争の頃ベトナム難民であったボートピープルがそのボートに乗る代金がSBCの100グラムバーであったことは有名な話です(その名残りか、今でもSBCのバーは当地では重用されています)。

 戦火の中、この国の通貨を信用する人はいませんでした。米ドルは敵国通貨。自然の流れとして金(ゴールド)が決済に使われるようになりました。まさにどこでも通用する価値を内在したもの、ですね。こういった歴史的背景もあってか今でも高価なもの、自動車や不動産の売買をするときは、その代金の大きな部分を金で払うという習慣があります。そう、金はまさに通貨としても通用しているのです。私の知っている限り、実際に一般の商取引の決済に金が使われているのはベトナムだけです。

 今年2008年6月にベトナム政府は金の輸入を一時的に禁止しました。これは直接的には膨らむ貿易赤字を押さえ込むための処置とされています。ベトナム経済は現在、インフレ状態にあります。政府が経済成長を優先した結果、2008年5月の消費者物価指数の前年同期比上昇率は25%にまで達しています。1−6月の貿易赤字は150億ドルと、もはや2007年一年間の数字124億ドルを越えています。

 金の輸入量も1−5月で60トンに達した模様で、昨年同期比二倍の数字です。インフレの進行とともに、金に対する資金流入が大幅に増えました。これは歴史的に自国の通貨に信頼を置けないベトナム国民の自己防衛の動きであったと思えます。ベトナム政府は現在、金融政策の誤りを認め、インフレ抑制を最優先課題として金融引き締めに動いています。金輸入禁止措置もその一部です。金の輸入禁止措置に加えて、これまでは認められていなかった金の輸出を割り当て制ながら認めるようになりました。とりあえず貿易収支の改善を狙っていると思われます。

 金(ゴールド)の動きを規制することがインフレの抑制に有効だと思いませんが、貿易赤字の金額ベースで考えると約1/10が金輸入にあたります。少なくともインパクトは小さくないのも確かです。しかしながら、インフレの抑制を考えるのであれば、過熱しすぎた経済を金融引き締めによって熱を冷ますことが先決。金輸入禁止は対症療法にすぎません。

 国内金市場に目を向けると、今年前半の輸入量と価格の高騰のため、この輸入禁止措置によってベトナム国内の金市場の需給がひっ迫することはなさそうです。逆に金が970ドルを超えた事によって、スクラップとしての金現物の輸出が出てきています。このところインド・中国に次ぐ第三勢力と呼べるほど、金市場での活動が活発になってきたベトナム。今後のベトナム経済の行方が気になるところです。